糖尿病と薄毛の間に直接的な因果関係はまだ確立されていません。
しかし、近年の複数の研究で、両者の間には強い関連性があることが示唆されており、その背景には、高血糖による血流の悪化、ホルモンバランスの変動、そして「糖化」による慢性的な炎症などが、髪の成長環境に悪影響を及ぼしている可能性が考えられています。
本記事では、この医学的な関連性について解説していきます。

やさしい内科クリニック院長 山村 聡
日本内科学会認定内科医。専門は糖尿病・内分泌疾患。
経歴
・九州大学医学部卒
・高邦会 高木病院 臨床研修
・昭和大学 糖尿病・代謝・内分泌内科 助教
・銀座有楽町内科 前院長
・東京ミッドタウンクリニック等で糖尿病・内分泌診療に従事
・やさしい内科クリニック開院
糖尿病と薄毛(AGA)の関係性

糖尿病と薄毛(AGA)の関係は、「糖尿病が直接薄毛を引き起こす」という単純なものではありません。
しかし、糖尿病の病態が、遺伝的な素因を持つ人のAGA発症リスクを高め、その進行を加速させる「土壌」を形成する可能性がある、と捉えるのが現在の見解です。
直接の原因はまだ不明
まず大前提として、「糖尿病が薄毛(AGA)の直接原因である」と医学的に断定されているわけではありません。
薄毛の主な原因は、遺伝的要因と男性ホルモン(特にDHT)の影響と考えられています。
しかし、その上で、両者の間には偶然とは考えがたい、非常に強い関連性があることが数多くの研究で示されています。
その関連性の強さを客観的なデータで示した、代表的な3つの大規模研究を以下の表にまとめました。
研究の種類 | 対象 | 主要な統計的知見 | 論文・情報源 |
---|---|---|---|
メタアナリシス | AGAとメタボリックシンドローム (19論文、2,531人) | AGA患者はMetSを 有するリスクが 3.46倍高い | Dermatology and Therapy (2022) |
前向きコホート研究 | AGAと糖尿病による死亡率 (7,126人) | 中等度~重度の AGAは、糖尿病による 死亡の独立した予測因子 (ハザード比*2.97) | JAMA Dermatology (2014) |
全国症例対照研究 | 円形脱毛症(AA)と糖尿病前症 (99,803人) | AA患者は糖尿病前症の リスクが1.62倍高い | Journal of the American Academy of Dermatology (2024) |
この表が示すように、AGAは単なる美容上の問題に留まらず、糖尿病の前段階から疾患の全期間にわたって、全身の代謝状態を反映する一つの指標となりうる可能性が、これらのエビデンスによって強く示唆されています。
*ハザード比…ある瞬間に特定のイベント(例:死亡、病気の発症)が起こる確率(ハザード)を、2つのグループ間で比較したもの
血流が悪くなり、髪に栄養が届きにくくなる
健康な髪の成長には、毛根への絶え間ない栄養と酸素の供給が不可欠です。
しかし、糖尿病の基本病態である血糖が高いという症状は、これを脅かします。
- 糖尿病性細小血管症*の進行
└ 高血糖の状態が続くと、血管の内皮細胞が傷つき、毛細血管の壁が厚くもろくなります。これは、水道管の内側が錆びて硬くなり流れが悪くなるイメージに近い状態です。 - 毛包周囲の虚血
└ 頭皮の血流が悪化すると、毛包は慢性的な酸素・栄養不足に陥ります。
つまり、糖尿病による血行不良は、髪が育つための土壌そのものの活力を奪ってしまうのです。
ある資料には糖尿病における血管合併症は、高血糖による代謝異常と血行動態の変化が複雑に絡み合って進行することが詳述されており、このメカニズムが全身の血管に影響を与えることが示されています。
*糖尿病性細小血管症とは、糖尿病によって引き起こされる主に細い血管(毛細血管)の障害のこと
参考:Pathogenesis of diabetic complications: a unifying mechanism
ホルモンのバランスが変わる
2型糖尿病の中心的な病態であるインスリン抵抗性*は、AGAを悪化させるホルモン環境を作り出す直接的な引き金となります。
そのため、糖尿病の背景にあるホルモン動態の変化は、遺伝的に感受性のある毛包に対して、脱毛を促進するシグナルを送り続けることになります。
*インスリン抵抗性とは、血糖値を下げるホルモンである「インスリン」が、正常に分泌されているにもかかわらず、その効きが悪くなっている状態のこと
頭皮の状態が悪くなる
高血糖の状態が続くと、体内で終末糖化産物(AGEs)*という有害物質が作られます。
AGEsは「体のコゲ」とも呼ばれ、皮膚のハリを保つコラーゲン線維に不正な架橋(クロスリンク)を形成し、その柔軟性を奪ってしまいます。
これにより、頭皮全体が弾力を失い硬くなってしまうのです。
硬くなった頭皮では、毛根が正常なヘアサイクルを維持するのが難しくなるのです。
さらに、高血糖は体のサビつきである酸化ストレスも引き起こし、AGEsと共に髪を作る細胞へ直接ダメージを与え、頭皮に慢性的な炎症も起こしやすくします。
このように、硬く、栄養が届きにくく、炎症が起きやすいという悪条件が重なることで、頭皮は健康な髪が育つには非常に厳しい環境となってしまうのです。
*終末糖化産物(AGEs)とは、体内で過剰な糖がタンパク質や脂質と結びつく「糖化」という反応によって作られる、有害な物質の総称です。
糖尿病と薄毛(AGA)に共通する原因
これまで見てきたように、糖尿病と薄毛は、その根底にある「体内で起きている共通の問題」によって深く結びついています。
ここでは、その共通点を3つのポイントで再確認します。
1. 血行不良
高血糖は全身の血管にダメージを与え、血流を悪化させます。
この血行不良は、糖尿病の様々な合併症を引き起こす根本原因であると同時に、髪の成長に必要な栄養が頭皮に届きにくくなる、という薄毛の直接的な要因にもなります。
2. 酸化ストレスと慢性炎症
高血糖によって体内で過剰に生成される老化物質「AGEs」は、体のサビつきである「酸化ストレス」します。
この酸化ストレスは、「慢性炎症」を引き起こします。
この全身性の炎症と酸化ストレスの悪循環が、インスリンの効きを悪化させて糖尿病を進行させると同時に、髪を成長する毛根の細胞をも傷つけ、薄毛を助長するのです。
3. 栄養バランスの乱れ
糖尿病の病態そのものや、それに伴う食事制限により、髪の健康に不可欠な栄養素が不足しがちになります。
特に、尿から排出されやすい亜鉛や、不足すると抜け毛の原因となる鉄などの欠乏が、薄毛に追い打ちをかけることがあります。
糖尿病の人が気をつけたい薄毛のサイン

糖尿病をお持ちの方が、以下のような髪や頭皮の変化に気づいた場合、それは単なる加齢やストレスだけでなく、血糖コントロールの状態が影響しているサインかもしれません。
- 髪全体のボリュームが減ってきた
➡︎ 髪一本一本が細くなる症状が進んでいる可能性 - 枕や排水口の抜け毛が増えた
➡︎ ヘアサイクルが乱れ、成長しきる前に髪が抜け落ちる「休止期脱毛」が起きているサイン - 頭皮が乾燥する、かゆい、赤い
➡︎ 高血糖による皮膚のバリア機能低下や、血行不良、炎症が原因となっている場合がある - 分け目が以前より目立つようになった
➡︎ 特に頭頂部の髪が全体的に薄くなる薄毛の典型的な兆候 - 血糖コントロールが悪い時に、特に髪の状態が悪化する
➡︎ ご自身の血糖値と髪の状態に連動性を感じる場合、それは両者の間に強い関連があることを示唆している
これらのサインは、薄毛の初期症状であると同時に、体内の代謝状態を反映している可能性があります。
気になる変化があれば、早めに主治医や皮膚科医に相談することが大切です。
今からできる対策と予防

糖尿病と薄毛の深い関係性を踏まえると、対策は単に育毛剤を使うといった表面的なアプローチだけでは不十分です。
根本的な対策は、薄毛の背景にある代謝異常を、体の内側から改善することにあります。
ここでは、今日から実践できる重要な対策と予防法を3つの柱で解説します。
血糖値を安定させる
これが最も重要かつ根本的な対策です。
良好な血糖コントロールを維持することは、薄毛の背景にある血行不良・糖化・ホルモンバランスの乱れという3つの問題を、体の内側から改善することに繋がります。
具体的には、血糖コントロールの改善によって、以下のような髪への好影響が期待できます。
- 血流の改善
- 糖化の抑制
- ホルモンバランスの正常化
このように、血糖コントロールは髪が育つための体内環境を、土台から立て直すアプローチと言えるのです。
そして、良好な血糖コントロールを維持するための基本は、以下の3本柱です。
- 食事療法
➡︎ 栄養バランスを考え、食物繊維の多い食品を選ぶなど糖質の量や質を管理する - 運動療法
➡︎ ウォーキングなどの有酸素運動を習慣的に行い、インスリンが効きやすい体を作る - 薬物療法
➡︎ 医師の指示に従い、処方された薬を正しく継続して使用する
これらの基本的な治療を粘り強く続けることが、糖尿病の合併症(血管のダメージなど)を防ぐための重要な管理目標であるHbA1c 7.0%未満*の達成につながり、ひいては髪の健康を守る土台を築くことにも繋がるのです。
頭皮のケアをこまめに行う
糖尿病をお持ちの方は、皮膚のバリア機能が低下しやすく、感染症にもかかりやすいため、頭皮を清潔に保つセルフケアが通常以上に重要になります。
- 洗浄
- 洗浄力の強すぎるシャンプーは避け、アミノ酸系などの低刺激性の製品を選びましょう
- 爪を立てず、指の腹で優しくマッサージするように洗うことが大切です
- 保湿
- 頭皮の乾燥やかゆみを感じる場合は、セラミドなどが配合された頭皮用のローションや保湿液でケアを行い、皮膚のバリア機能をサポートしましょう
- 保護
- 血行不良を悪化させないよう、頭皮の冷えや紫外線によるダメージにも注意が必要です
健康な土壌でなければ良い作物が育たないのと同じで、日々の丁寧なケアで頭皮環境を整えることが、健康な髪を育むための第一歩となります。
医師に相談する
薄毛と糖尿病の管理は密接なため、自己判断は危険です。
薄毛の原因は様々であり、皮膚科医による正確な診断が欠かせません。
また、AGA治療薬は血糖値や血圧に影響する場合があるため、医師の管理下で安全に使うことが重要です。
気になる症状があれば、まずはかかりつけの主治医に相談し、専門医への紹介を含めて対策を進めましょう。
糖尿病と薄毛の関係についてよくある質問
ここでは、糖尿病と薄毛に関して、よくある質問とその回答を簡潔に解説します。
Q1:糖尿病の薬で髪が抜けることはありますか?

山村院長
薬の直接的な副作用として脱毛が起こることは非常に稀ですが、治療の過程で間接的に影響が出る可能性はゼロではありません。
例えば、一部の血糖降下薬(メトホルミンなど)の長期服用によってビタミンB12が欠乏したり、GLP-1受容体作動薬による急激な体重減少が起こったりすると、体が大きな変化に対応するために一時的に抜け毛が増える「休止期脱毛」を誘発する可能性が指摘されています。
これは、AGAとは異なるタイプの脱毛です。
ご自身の判断で服用を中止するのは非常に危険ですので、抜け毛の増加が気になる場合は必ず処方した主治医にご相談ください。
*参考:第2型糖尿病の症例事例
Q2:血糖値が安定すれば抜けた髪はまた生えてきますか?

山村院長
血糖コントロールを良好に保つことで髪が育つための土台となる体内環境が改善されるため、脱毛の進行抑制やある程度の改善は期待できます。
頭皮の血流が正常化し毛根に栄養が行き渡りやすくなるため、まだ機能が残っている毛根であれば、再び健康な髪を育て始める可能性があります。
しかし、AGAの進行には男性ホルモンが深く関与しているため、血糖管理だけで失われた髪が完全に元通りになることは難しいのが現実です。
早期からの血糖コントロールを基本とし、必要であればAGAに対する専門的な治療を組み合わせることが最も効果的です。
Q3:AGA治療薬と糖尿病の薬は一緒に飲んでも大丈夫ですか?

山村院長
多くの場合は併用可能ですが、自己判断での併用は絶対に避けてください。必ず医師への相談が必要です。
AGA治療薬の中には、血管に作用し血圧に影響を及ぼす可能性のある薬(ミノキシジルなど)も存在します。
また、薬は主に肝臓で代謝されるため、複数の薬を服用する際はその相互作用を考慮する必要があります。
安全に治療を進めるため、必ず糖尿病の主治医と薄毛治療を相談する医師の両方に、服用中のすべての薬を正確に伝えましょう。
Q4:糖尿病だとAGA治療の効果は出にくいですか?

山村院長
血糖コントロールが良好でない場合、治療効果が思うように現れない、あるいは効果発現までに時間がかかる可能性はあります。
AGA治療薬は、正常な血流によって有効成分が頭皮に届き、毛根がその成分に反応することで効果を発揮します。
高血糖によって血流が悪化していたり、頭皮環境が「糖化」によって硬くなっていたりすると、薬の効果が十分に発揮されにくい土壌になっていると考えられます。
まずは糖尿病の治療にしっかりと取り組み、血糖値を安定させることがAGA治療の効果を高める上でも非常に重要です。
Q5:「糖質を摂りすぎるとはげる」というのは本当ですか?

山村院長
直接的な原因ではありませんが、糖質の過剰摂取が習慣化し高血糖状態が続けば、薄毛のリスクを高める要因になり得ます。
糖質の過剰摂取は血糖値の乱高下を招き、体内の糖化や酸化ストレスを促進します。
本記事で解説した通り、これらの現象は頭皮の血流を悪化させ、髪の成長に必要なコラーゲンを硬くするなど、頭皮環境に悪影響を及ぼします。
バランスの取れた食生活を心がけ糖質の摂りすぎに注意することは、糖尿病の管理だけでなく健康な髪を維持するためにも非常に大切です。
まとめ
糖尿病と薄毛(AGA)に直接の因果関係はありませんが、極めて強い医学的関連が示されています。
その背景には血行不良やホルモン異常、糖化といった共通の原因があります。
薄毛は体内の代謝異常を映すサインかもしれず、最も重要な対策は良好な血糖コントロールです。
自己判断せず、必ず専門医に相談しましょう。